I.保険か保障か


命が誕生する場において、いろいろな考え方があると思われますが、以下の点が共有できると言うことから話を進めていきたいと思います。

 ・出産(母側)と出生(胎児側)にはリスクが伴う。
 ・リスクは医療により軽減することはできるが、けっしてゼロにはならない。
 ・不幸な転機(母体死、死産、脳性麻痺など)が発生した場合、何らかの救済手段があるべきだ。

一般には不幸な事態に陥った場合に備えて、人は保険という制度を活用します。
車を運転しようとする人は自動車保険に、家を新築した人は火災保険に入ります。
いくら注意を重ねていても、自動車事故や火災を100%回避することができないから、万が一の事態に備えようとします。
この理屈でいえば、妊娠し出産しようと考えた人は、万が一の場合を考えて保険に入るべきです。
自身に何かが起こった時はもちろんのこと、自分の子に不測の事態に発生した時のため、
保険を掛けるべきです。

次に国という人の集団から考えてみましょう。
民は国の財産です。いなければ国家そのものが成り立ちません。
今の世代が平穏にすごすためには、次世代の誕生が不可欠です。
出産というリスクある仕事を担う女性の不安が軽減する為に、何らかの制度が必要と考えるなら、
保障が必要です。
ダメージを受けた場合の
補償が担保された制度です。

U.誰が負担すべきか


保険という制度で考えるなら、受益者負担が原則ですから、妊娠された方が保険金を支払う事になります。
これからいろいろと出費がかさむカップル(あるいはマザー)に、保険金という新たな経済的負担を強いるのは酷だと考えが多くあるなら、
保険金の一部あるいは全額を国あるいは地方自治体が負担すれば良いことだと思います。
自動車の自賠責保険料が一般の障害保険料より安くなっているのと、同じような制度です。

保障という観点で考えるなら、当然社会保障の一環として国が負担すべきです。
少子化対策云々を論じるなら、まずはこのあたりの制度をキッチリとするのがまず必要な事だと思っています。


V.今回の無過失補償制度は制度上は保険の形をとっています。


しかし、この制度では保険金を支払うのは病院などの医療機関です。
この矛盾は、医療機関は分娩費用を3万円値上げし、妊婦さん側の経済負担分の増加は分娩一時金の支給増額によって(現在の35万から38万へ増額)補填されるから、
結果的には受益者負担になっているとの説明がされています。
なぜ、そんな複雑、曖昧な方法をとる必要があるのか、分かりません。

生まれてくる子に親は選べません。分娩費すら払わぬ親の場合、その子に異常があった時は補償対象外となるのでしょうか? 
そういう子の場合は医療機関が保険料を払えということでしょうか?

そもそも、無過失補償制度が検討され始めたきっかけは、分娩事故に対する訴訟の増加が産科医の減少の原因の一つになっているとの考えからです。
それがいつのまにか、障害を持ってしまった子の救済をメーンに置いての制度設計になっていきました。
子の救済をメーンに考えるなら、どんな親から生まれて来ようと平等に扱われる制度を構築すべきです。
その点から考えると、この保険金の出所には余計に違和感を感じます。


W.はたして、この制度で産科医療訴訟は減るのでしょうか。

減るどころか、逆に増加するといわれています。なぜでしょうか?
今、重度の脳性麻痺を負ってしまった場合に民事で勝訴すると、その賠償額は1億円を超えます。
時には2億円近くに達することもあります。
ちなみに医者が個人で入れる医師医療賠償保険の限度額は1億円までです。1億円を超えた分は自腹です。

ところが、今回の制度では補償額は3000万円です。
一時金が600万で、その後合計で2400万が20歳までに給付されます。
またこの制度を利用したからといって、訴訟の権利を放棄したことにはなりません。
そうすると、受け取った一時金を訴訟の費用にあてるケースが増えてくると、普通に推察されるわけです。

こんな不備だらけの制度でも無いよりまし(私は無いほうがましだと思います) あるいは、これはあくまで第一歩で徐々に制度を改革していけば良いとの意見もあります。
もっとな意見に聞こえる感もありますが、最初だからこそ、足の着く場を誤ってはいけないと、私は思います

まあ、百歩譲って私も「ないよりはまし」と、この制度の開始に賛成するしても、まだ、
どうしても気に入らない部分があります。

それは
誰がこの制度で得をするかという点です。